大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)1220号 判決 1971年3月31日

原告 北部九州いすゞモーター株式会社

右訴訟代理人弁護士 三原道也

被告 松本和朋

被告 株式会社あひる工芸

右両名訴訟代理人弁護士 西山陽雄

主文

原告の被告両名に対する各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一、原告が自動車等の販売、修理を業とする会社であること、原告と被告松本との間において昭和四三年六月三日、原告より同被告に対し本件自動車を売渡す契約が締結され、同日原告より同被告に本件自動車を引渡したこと、右契約においては、売渡価格を金六四万八、〇〇〇円とし、その内金二五万円を頭金として下取車をもってこれに充て、残金に割賦手数料を加えた金四六万四、八六四円を原告主張のように二四回に分割して支払う約束であったこと、被告会社が、右契約当日原告に対し、被告松本の契約上の債務につき連帯保証を約したこと、同年七月二日、被告松本より原告に対し本件自動車を引渡し、原告より同被告に下取車を返還したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、<証拠>によれば、同年六月三日右売買契約締結に当り、被告松本より原告に差入れられた自動車割賦販売契約書には、原告主張の請求原因第二項(3)ないし(9)の契約条項の記載があること、ただし、右のうち(7)の期限の利益喪失原因としての割賦金支払懈怠については、買主の購入行為が商行為でないときは、売主より二〇日以上の相当の期間を定めて書面で支払を催告し、その期間内に支払がなされなかったとき適用される条項である旨の但書が付されていること、他に、売主より買主に対する売買目的自動車の引渡は頭金及び約束手形の受領と同時になすべき旨の契約条項の記載があること、右契約書は、原告会社の行う自動車割賦販売につき統一的に使用すべく定型的契約条項を印刷して作成された用紙に売買目的自動車の表示、支払金額、支払方法等を記入した方式のもので、前記各契約条項の記載は不動文字の印刷による記載であることが認められる。

三、右契約書の条項によれば、被告松本は原告に対し、昭和四三年六月三日契約締結と同時に割賦金額及び各支払期日に対応する約束手形二四通を振出交付すべく、また原告主張の合意解除に先立つ同月二八日に第一回の割賦金支払をなすべきことになるところ、いずれもこれが実行されなかったことは、被告等の認めるところである。

四、<証拠>を綜合すると、次の事実を認めることができ、証人山口及び三船の各証言及び右本人尋問結果中、右認定に反する部分は、その余の各証拠に照し措信できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  本件売買契約締結当時被告松本は被告会社に従業員として勤務していたものであるところ、右契約は、原告会社側はセールスマン三船謙が担当者となって交渉に当り、これに販売課長山口学も関与し、被告松本と合意して新車の売買として成立したものである。

(2)  原告より被告松本に対する本件自動車の引渡は、山口が被告会社に持参してなしたもので、その際、割賦金に対応して振出さるべき約束手形については、後日原告が被告会社に派遣する三船との間において授受することと約束された。

(3)  会社員たる被告松本より振出交付さるべき約束手形については、これを割賦販売専用のいわゆる丸専手形として、新らたに銀行取引口座を開設することが予定されていた関係上、三船と同被告とは、後日同被告指定の銀行に同道して、原告発行の銀行宛の割賦販売通知書を銀行に提出し、三船において銀行と折衝して同被告の口座を開設する手続を了したうえ、手形振出を行うべく約束していた。

(4)  右約束が実行されないうち、本件自動車売渡の一週間後頃、被告松本の本件自動車使用中、本件自動車につき、その前面窓の部分より雨漏りし運転台の床が水浸しになる欠陥が発見され、また、その頃後部トランク蓋の閉鎖装置が不調となり、続いて、その後間もなく助手席扉の窓硝子の開閉装置にも故障を生じた。その外、同被告は前照灯の照明度が不足と判断した。

そこで、被告松本より原告に対し、本件自動車に関する前記欠陥や故障及び照明度の不足等につき、苦情を述べたので、原告は、同年六月下旬頃本件自動車を預り、修理を加え、その際、進みが過大だった時計を交換し、開閉の固い右後部扉を調整したほか、前照灯の照明度は正常と判断されたけれども、三船個人の費用負担で照明装置に改良を加えたうえ、同被告に引渡した。

(5)  そうするうち、約束手形振出のための銀行取引口座開設手続については、被告松本と三船との双方の連絡が、相手方の不在などのためかけ違い、さらに前記修理の問題が生じたこともあって、手続が実行されないままに延引し、また、割賦金の支払については、当事者間において右約束手形を決済して支払うことと了解、予定されていた関係で、第一回の支払期日が経過したのに、右手形振出がなされていなかったため、支払も実行されないままとなっていた。

(6)  ところが、被告松本は、新車として買受けた本件自動車に前記のように欠陥故障が多かったため、正常な新車としての価値に疑念を生ずるとともに、将来の故障にも不安を抱き、別の新車と交換するよう三船に要求したが、三船から、登録済みの関係上交換はできない旨回答を受けたので代金を五万円値引きするよう代金減額の要求をなした。

(7)  そこで、同年七月二日原告会社は山口及び三船を被告会社事務所に派遣して被告松本と折衝させた。

右交渉に臨むに当り、原告側は、予じめ交渉決裂の場合に備えて、同被告から頭金に充てるため受領していた下取車を携行させていた。

右交渉の席において、山口は、一旦は同被告の代金五万円減額の申入れを承諾しながら、同被告の契約違反として約束手形振出交付不履行の点を指摘し、同被告から、三船との間の約束手形振出に関する前記約束の事実を告げられ、三船に質して右約束の事実を確かめ、同人を怠慢として叱責したが、次いで山口は、逆に被告松本に対しても約束手形の振出交付は契約上本来は同被告の義務である点を強調してその不履行を責める態度に出たため、同被告が憤慨し、その結果、ついに前記代金減額による売買契約の維持の協議は不調となり、山口より本件自動車と下取車とを相互に返還すべく申し入れ、被告松本もこれに応じて、ここに本件売買契約は当事者双方の合意により解除された。

右合意の後直ちに、山口及び三船は、持参した下取車を被告松本に返還するとともに、本件自動車の引渡を受けて帰った。

五、右認定の事実によれば、本件売買契約は契約当事者間の合意により解除されたものであり、その際右解約により被った損害の賠償について、なんらかの合意がなされた事実を認めるに足りる証拠はないけれども、右解約が売主たる原告からの一方的な契約解除原因となる買主被告松本の契約違背を理由としてなされた場合に限り、右契約違背により合意解除のやむなきに至ったものとして、同被告は右解約により原告の被った損害を賠償すべき義務あるものと解すべきである。そして、原告は、合意解除の原因となった被告松本の契約違背の事由として、約束手形の振出交付及び第一回割賦金の支払の各不履行を主張するので、これらが原告より一方的になすことのできる契約解除の事由に該るか否かにつき以下判断する。

六、前記自動車割賦販売契約書には、被告松本は契約締結と同時に約束手形を振出交付すべく、また、頭金及び右約束手形の受領と同時に原告は自動車を引渡すべき旨の各条項があるのに、原告は約束手形の受領前に本件自動車を被告松本に引渡し、約束手形の授受を後日同被告と原告従業員三船との間においてなすべくを約したのであるから、定型的な統一様式による契約書用紙に印刷された右契約書中に記載の約束手形振出交付時期に関する条項については、具体的な本件契約締結に当り、右条項によらないことの合意がなされたものであることは明らかであり、また、割賦金の支払については、被告松本より原告に対し振出交付すべき右約束手形を同被告が決済して手形金を支払うことにより、これを履行すべく当事者間に了解されていたことは前示認定のとおりである。

従って、前示のような、約束手形振出のための丸専手形用銀行取引口座開設手続の未了及び本件自動車の欠陥発見や故障発生に伴う当事者間の折衝の経過(殊に、前認定の解約当日の折衝において代金五万円の減額による円満な解決がなされた場合には、代金額の変更に伴い割賦払の内容についても同時に必然的に変更の取り決めを要することになる。)に徴し、約束手形の振出交付及び第一回割賦金の支払については、前記合意解除当時、同被告は原告に対し、未だ契約上の債務履行の遅滞の責を負うには至らなかったものと解するのが相当である。

七、のみならず、割賦販売法上の指定商品たる自動車の割賦販売契約において、合意解除の場合の売主からの損害賠償請求を正当とするためには、同法所定の強行規定に抵触することなく売主より一方的に解除権を行使できた場合でなければならないものと解すべきであり、被告松本の本件自動車割賦購入が同被告のために商行為となるものであることを認めるに足りる証拠はなく、第一回割賦金支払期日昭和四三年六月二八日からその四日後になされた前記合意解除までの間に原告より被告に対し同法五条一項所定の二〇日以上の相当の期間を定めた書面による催告をなす余地もなく、また右催告をしたとしても被告松本が支払をしなかったとは証拠上断定し難い本件においては、原告は第一回割賦金の支払不履行を理由として有効に契約解除権を行使できなかった場合であると認めるべきである。

また、右の点については、同条はその規定の目的及び趣旨に照し、割賦金支払のための約束手形振出交付についても類推適用さるべきものと解すべきであるから、手形交付につき同条所定の催告をしたことの証拠上認められない本件においては、原告は約束手形不交付を理由とする解除権の行使もできなかった場合と認めるべきである。

八、そうすると、前記合意解除はその当時原告において一方的に契約解除をなしうる事由も存在せず、また、これを原因としてなされたものでもないから、結局原告は被告等に対し右合意解除の結果被った損害の賠償を請求することができないものというべきであり、その余の争点につき判断するまでもなく、原告の本訴損害賠償請求は理由がない。

よって、本訴各請求を失当として棄却すべきものとし、民訴法八九条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例